×

[PR]この広告は3ヶ月以上更新がないため表示されています。
ホームページを更新後24時間以内に表示されなくなります。

   2005年3月版                         ねこニャン観察日記
 



みかん新報

3月版
発 行 者
「癒しのみかん箱」管理人一同
2005年3月版:不定期発行

URL:http://cosmoweb.client.jp/
MAIL:cosmoweb@moon.co.jp
動物愛護と保護活動を紹介しています。
動物愛護、国際支援、社会貢献を目的にクリック募金をしています。皆様のご協力お願いしますm(_ _)m
無料のクリック募金LINKのページです。負担はありません。あなたもクリックに来て下さい♪
猫GOODSや本など色々取り揃えています。収益の一部は動物愛護、国際支援、社会貢献などへ献金しています。ご協力お願いします♪

ねこニャン観察日記−2005/2−はこちらです♪
3月21日(月)   みかんのお出掛け by みかんママ
今日は振り替え休日で皆、お休み…みかんも連れてペットショップへお出掛けしました。
ケージもそろそろ狭くなってきたね…もう少し待って、新居も考えるから…
そうみかんに話しながら、ケージに入れて車へ乗り込みました。

爪きりが目的だったんだけど…そうそうみかん一家は爪きりが苦手…
痛くさせてしまうのではないかと、毎回ビクビクしながらやっています。
当然そんなんだから、みかんも不安がる。
だから、行き付けのペットショップへ連れていったのでした。

意外と外面が良いのは、我が家の血統か?
スタッフさんの手を煩わせることなく、無事終了いたしました♪


WEB RING作りました。
あるWEB RINGへ参加依頼していたのですが、どうも休止中で登録が出来ない旨のメールが来たので、だったら、面倒だけど自分で作っちゃえ!と、思って作りました。
宜しければ皆様もご登録頂ければ嬉しいです♪
詳細はコチラ♪  ヨロシクお願いしますm(_ _)m

3月20日(日)   みかんの初発情期 by みかんママ
正直言って…どうしましょう?
そんな状態でした。一昨日までの一週間。
猫飼い初心者のみかんママとしては、勿論初体験…(^_^;
な〜ご、な〜ごは終日続き、みかんパパにベッタリスリスリ…
困っていたのは私ではなく、みかんパパでした(笑)

みかん自身も初体験で、身の置き所がなく可哀相な状態だし…
「避妊手術は4月に入ってからだね」
なんて話していた矢先の事でしたからね。
些かパニック気味の一週間でした。

ちょっと出掛けて帰って来ると、泥棒にでも入られたのかぁ???
と、言わんばかりに荒されてしまう室内…
状況が状況だけに怒れないし…

お勉強になりましたわ…

来月はみかんの手術を予定。
何らかの事情で不幸な仔猫を作ってしまうよりは、これで良いのだと言い聞かせながらの選択です。
ちょっと切ないですけどね…

3月12日(火)   『猫』の存在 by みかんパパ
ペットショップに行くと、どうしても猫派の私はうつむいてしまうのである。
猫に関する物の売り場面積が、犬と比べると極端に狭いからである。我が家がひいきにするショップは、犬用の関連グッズ売り場が3分の2を占め、残りの売り場で猫と他の動物たちの物が売られている。
子犬と子猫が入っているケージを見れば明らかである。犬と猫の割合は10:1となる。
これでは、うつむきたくなるのも分かって頂けるであろう。

娘たちには、家内ともども「親ばか」と言われているが、元々猫好きだったのかというと…そうではない…(^_^;

家内には確認していいないが、私は「犬派」だった。
猫を飼った経験は、私がまだ小学生だったころに一度だけあるが、そのとき飼っていた猫は♂で、何せ田舎のこと…
家の外と中は出入りが自由。♂猫は縄張りのパトロールに余念がなく、暗くなるまで帰って来るようなことはなかった。
冬場に湯たんぽ代わりに抱いて寝るだけ。それも猫も賢かったせいか、私が寝付くとどこかへと行ってしまう。朝目が覚めると、両親の寝室から出てくるのを見るたびに、失恋したような気分を味わされていたのを憶えている。

この♂猫が亡くなってからは、我が実家では猫を飼うことはなかった。
ただ不思議だったのは、猫が行方不明になり、数ヶ月後になって死んだ姿を確認したのである。
猫は飼い主には、死ぬところを見せないというが、子供心に感心したのを鮮明に記憶している。
猫が亡くなってから、私が拾ってきた「捨て犬」を飼うようになり、親父の趣味もあって数頭の犬を飼うようになった。

自分がまさか「猫派」だったとは、我が家に“みかん”がやって来るまでは気付くことはなかったであろう。

猫を見ていて、何とも不思議なのは、私たちが思っている以上に「人間の言葉」を理解しているということである。
どういしても、かつて犬派だった私は、人間の言葉を忠実に守るのは「犬」だけだと思い込んでいた。
しかしそう思い込むのは仕方のないことかもしれない…私は「犬」=ラッシー=コリーであった。
ご存知ない方も多いと思うが、40代後半くらいから上の方には、頷いていただけると思う。
呼ぶとフサフサの毛をなびかせて、走ってくる姿に、『大人になったらラッシーを飼うんだ』と心に固く決めていたのである。

猫はマイペースなため、どうしても毛嫌いされてしまう。
犬のように、千切れても尻尾を振り続けるような感情表現はなく、「私は私、あなたはあなた」ややもすれば、「勝手にやってよ」とまで冷めた態度をする。
これは本能的なものであって、猫はけっしてわがままでもなければ、身勝手な生き物ではない。
日本では古来より「猫は家につく」といわれているが、これが真っ赤な嘘であることは意外なほど知られてはいない。
猫は飼い主に対してとても依存心が強い。

犬は集団(群れ)で生活するため、家庭でも序列を付けている。
子供のお菓子を横取りしたりする犬を、ご覧になった経験はないだろうか?
これは犬にとっては、自分よりも「格下」と認識しているから出来ることなのである。
しかし、その家のbPと認識していうる人間の命令は忠実に守る。

こう見ると、猫も犬も大差ないように感じるのは私だけだろうか?
猫は自分だけの縄張りを持ち、その中で一人で生活をする。
猫と人間の関係は、猫の親に対する依存心を、いつまでも持ち続けるといわれている。
人間がエサを与えるから、猫はいくつになっても子供のままということである。これが人間と猫の関係である。

人間が(というより、我が家のように)猫を溺愛するのは、子供を持った感覚になるのかもしれない。

人間の先祖を考えると、面白いことがわかる。
人間の先祖「猿」は集団生活者である。
犬と同じであるが、どうして「犬派」と「猫派」に別れるのだろうか?
人間は集団生活を望んでいるのではないだろうか?
しかし、文明の発達と共に集団から「個人」という単独生活をする形態が生まれ、この文明の発達で縄張りも曖昧になってしまった。

人間は犬(集団生活)になったり、猫(単独生活)になったりと、時と場合を選んで生活しているのが、どうやら人間のようである。
動物に癒されるのは、どうやらこの辺りから来ているのではないだろうか。